うろん紀行

わかしょ文庫


第8回 池上

 言葉が出てこない。まとまらない。わたしはそのような症状に悩まされていた。何かしらが頭にあるような気がするのに、それが音や文字を伴って出てこないのである。特に会社でメールを打っているときなどにその症状は顕著に出て、わたしは鈍く光る液晶画面を前に黙って座っていた。どうしよう、宛名と署名以外に何も書くことができない。指先から汗が浸み出してキーボードのホームポジションを黒く光らせていく。時間ばかりを持て余していると、ゆっくり温めたとろみのある液体が沸騰してごぼりと音を立てるように、文章の断片が記憶の奥底から湧き上がってきた。

 私はひとつ、人間の第七官にひびくやうな詩を書いてやりましょう。[1,p.277]

 前触れなく浮かんだのは、「第七官」というものがいったい何なのか、わからないままぼんやりと生活を営む小野町子の言葉だった。尾崎翠によって昭和六年に発表された『第七官界彷徨』の主人公である。彼女に導かれるように、わたしは次に訪れる場所を決める。都内のどこかでコケを見よう。『第七官界彷徨』では、コケが重要な役割を果たすのだ。さっそく「都内 コケ」と検索をすると、大田区池上の本門寺はホンモンジゴケというコケが初めて見つかった場所であることがわかった。わたしはホンモンジゴケを見るために池上を目的地にした。

 自宅から池上に行くためにはまず蒲田へ行く必要があった。縦にも横にも長い京急蒲田駅、そこから東急蒲田駅の間は、同じ蒲田駅と呼ぶことに抵抗を覚えるほどの距離がある。のんびりと歩いてだいたい十分ほどかかる。商店街のアーケードをずんずんと進んでいくと視界が大げさに上下に揺れた。実はここ数日ずっと三半規管の調子が悪く、めまいが続いていたのである。めまいに伴い聴力もすこしだけ鈍っていた。これはもう十年以上前から付き合ってきた症状で、命に係わるわけではないし心配するほどの発作でもない。だが乗り物酔いのようで吐き気もあるし、決して気分がよいものではなかった。わたしは蒲田の町をよろめきながらさまよった。まるで手ぶれのひどいカメラにでもなったように、視界に入るものの輪郭が周りと溶けあって見える。お出汁の匂いがした。どこかにお蕎麦屋さんでもあるのだろう。普段の生活は、オフィスワーク中心で視力と聴力頼みのところがあるが、その二つが弱まったことで嗅覚が敏感になったようにも思える。だとしたらバランスがよくなったのかもしれない。

 JRの蒲田駅の建物にはいって改札前を通りすぎ、反対側にまわると東急線の蒲田駅がある。電車がもうホームに着いていたのであわてて改札を越えて乗り込み、座席の端に座った。電車はゆっくりと走り出す。わたしは持ってきた本を開いた。

『第七官界彷徨』は、詩人を目指す小野町子という少女が、五感でもなく第六感でもなく「第七官」にひびく詩を書こうと思いつくところからはじまる。彼女は、分裂心理病院の医者である長兄の一助、こけの恋愛について研究をする植物学者の次兄の二助、そして音楽予備校に通う従姉妹の三五郎と共同生活をしており、炊事係を担当している。彼女は実は、「第七官」がいったいどういう器官なのかわかっていない。わからないまま生活を営み、コミックオペラを歌ったり詩を朗読したり、あるいは恋らしきものをするばかりだ。果たして小野町子は「第七官」の正体を突き止め、詩人になることができるのか。

 本を閉じてつかの間目を閉じると、暗闇が回転しているような気になったので慌てて目をあけた。ふと、なんだか変な臭いがすることに気がついた。消毒液と、皮脂と、生乾きの臭い。それらがまるでトップノート、ミドルノート、ラストノートのようにして鼻腔に順に入り込んでくる。どうやら、座席の横側にもたれかけている男性が着ている青いダウンジャケットからその臭いがしているらしかった。変な臭いだけど、そこまで不快でもないな。わたしはむしろ異臭を構成する三つの要素を嗅ぎ当てられたことに感動していた。臭いは混ざり合ってやがてひとつになった。

 二駅で池上駅に到着した。電車に乗っていた乗客の半分ほどが降りて、わたしは池上が人気のある町であることを知る。天気がよい。喫茶店や仏具屋や和菓子屋の先に、長い石段が見えた。この先に池上本門寺があるのだろう。石段をひとつひとつ登ると、足が着くときの振動でまたもや視界が上下に揺れる。階段を登っているのだから身体の前側に重心を置かないとならないのに、ふとした拍子に重心を後ろ側に置いてしまいそうになる。後頭部から着地してしまいそうだ。視界が回転する。雲ひとつない青空。

 第七官といふのは、いま私の感じてゐるこの心理ではないであろうか。私は仰向いて空をながめてゐるのに、私の心理は俯向いて井戸をのぞいてゐる感じなのだ。[1, p.328]

 池上本門寺の境内は翌日に控えた節分の準備中だった。プードルを散歩させている人がいる。雑種の犬を散歩させている人もいる。階段もあって運動にはちょうど良さそうだ、などと考察している場合ではなく、わたしはコケを見にきたのだった。ところがあたりはコケむした様子はなく、石のタイルとタイルの間に目を凝らせば見えるかな、といった程度だ。これなら家の近くの舗装道と変わりない。冬だし乾燥して色褪せていないかなと心配していたのだが、そもそもほとんど生えていなかった。ひとまず、すこしでもこのぼんやりした頭がましになるよう常香炉の煙を浴び、「浄財」と書かれた箱に五円玉を投げ入れて本堂を拝んで、気を取り直してからもう一度ホンモンジゴケについて検索した。

 なんでも、ホンモンジゴケは他の多くの植物とは異なり、銅を好む銅ゴケであるらしい。五重塔のあたりで発見された。五重塔は高さがあるのですぐに目に入った。重要文化財で慶長十三年に建てられたものだそうで、そう聞くといかめしく見える。見上げると具合が悪くなるので視線を下の石垣に向けた。コケはそれほど生えていないように思える。塔の横側へ周ると、石垣を鮮やかな緑色のものが覆いつくしているのがわかった。恐る恐るさわると柔らかく、いつまでもなでていたかった。なでて指とコケの境界線が溶け合ってしまえばいいと思った。けれどもこれが本当にホンモンジゴケなのかどうかはわからなかった。目をこらせばこらすほど、輪郭はぼやけてしまうし、カメラで写そうとしてもぶれてしまって、他のコケと見分けがつかない。

 五重塔からすこし歩くと

「力道山の墓所はあちらです」

と矢印の書かれた看板が目にはいった。力道山って、あの力道山か。指示に従って歩くとまた、同じ文言の看板がある。その看板のとおりに歩くと、また看板があった。そうしてわたしは力道山のお墓にたどり着いた。本物だ。お寺が、檀家の墓をまるでテーマパークのように宣伝していいものか、と思ったが、だめということもないのかもしれない。お墓の前に銅像が建っていて、わたしは顔を含め力道山のことを何も知らないということを知った。

 力道山のお墓を見たことによってなんだか満足し、わたしは池上本門寺をあとにした。和菓子屋さんがあったのではいり、くず餅が有名らしいので注文した。わたしはタブレットを取り出し、だしてもらった水を飲んで一息ついた。すぐにくず餅のセットが運ばれてきた。関東のくず餅は葛粉からできているものではなく、小麦粉を発酵させているものらしい。口にすると弾力があるが発酵しているかどうかはよくわからない。そんなことを考えながらむせた拍子に、きな粉が勢いよく舞ってタブレットの上にちらばった。

 けれど二助はなお蘚から眼をはなさないでうで栗を噛み割つたので、うで栗の中身がすこしばかり二助の歯からこぼれ、そしてノオトの上に散つたのである。私は思わず顎をのばしてノオトの上をみつめた。そして私は知つた。蘚の花粉とうで栗の粉とは、これはまつたく同じ色をしている! そして形さへもおんなじだ! そして私は、一つの漠然とした、おおきい知識を得たやうな気もちであつた。――私のさがしてゐる私の詩の境地は、このやうな、こまかい粉の世界ではなかつたのか。蘚の華と栗の中身とはおなじような黄色つぽい粉として、いま、ノオトの上にちらばつてゐる。[1, p.342](ルビは引用者による)

 わたしは粉を見た。それはきな粉であるようにも見えたし、それ以外の粉にも見えた。指で押さえつけると、粉は指紋の細かな筋の間に入り込み、わたしと同一になった。

「第七官」とはどのような器官なのか。「第七官」とは言葉のことだとする評論もある[2]。けれどもわたしは「第七官」のことを言葉と呼びたくない。確かに『第七官界彷徨』は詩人になろうとする話だから、これは言葉に向けて書かれた作品だと言える。小野町子は「誰かいちばん第七官の発達した先生」に詩を送ろうと思うくらいだし、「第七官」=「言葉」という図式は容易に成り立ちそうに思える。けれどもわたしはどうしても、「第七官」を言葉であると言いたくない。このように刻一刻と変化し増殖する生き物のようなものを、わたしは言葉と呼びたくない。呼んでしまっても差支えない気はするが、たとえばこれは、辞書に書いてあるような言葉ではない。辞書の、言葉と意味が一対多であるような言葉ではなくて、「第七官」におけるそれは、意味に対して多対多だ。言葉のことを言葉と呼んでしまったときから、意味が膨れ上がってずれていってしまって、あれ、本当に言葉だった? と思ってしまうようなものだ。だからわたしはそれを言葉であると言い切ってしまいたくないのである。言い表すことのできないもの、言い表したと思ったらすぐにミクロの単位で変化して違うものにすり替わってしまうもの。その法則が成り立つ世界こそが第七官界であり、その世界を知覚することができる器官が「第七官」だ。

 たとえば「力道山」はどうだったか。一人の男が相撲部屋に入門して「力道山」という名前が与えられてから、彼が生きることで「力道山」にあらゆる意味が持ち込まれたのだ。彼は日本名百田光浩であり同時に朝鮮名金信洛であって、言うなればどんな名前であってもよかったわけだが、「力道山」はある時点では二所ノ関部屋の関脇を意味し、ある時点ではレスラーとして大活躍をするブラウン管の中の白と黒の光の点だったのである。男が生きれば生きるほど、「力道山」は意味を増していったのだ。

 そんなことを考えながら満足し、わたしはくず餅を食べ終わり珈琲を追加で注文して飲み干した。先ほどからタブレットには一字も打ちこまれておらず光を放つだけだが、大丈夫だろう。なぜならそれは、言葉になろうとするものの本来あるべき姿だからだ。わたしはひと安心をして、タブレットを鞄にしまって和菓子屋をあとにした。だからもしもこの原稿が書けていないのだとしたら、それはわたしがいままさに第七官界を彷徨しているということの証明に他ならないのです。

(つづく)

参考文献
1.『定本 尾崎翠全集 上』(筑摩書房)、一九九八年九月
2.渡部直己『日本小説技術史』(新潮社)、二〇一二年九月
(人の五官も六官も越えたそれが、舌や鼻や肌や耳や眼や、胸騒ぎや直感からの隔たりにおいてこそ如上ちかぢかとこれらを誘いこみ、誘いながらけっして合致しないものであるとすれば、「第七官界」とはそのじつ、言葉そのものの異称ではないのか、と。[p.486])

著者紹介:わかしょ文庫(わかしょぶんこ) 91年生まれ。都内在住の会社員。昨年5月に出したエッセイ集「ランバダ」がひそかに話題を呼ぶ。11月に文学フリマ東京に出品した続編「ランバダ vol.2」も好評を博す。Twitter @wakasho_bunko

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