新・しるもの日記(3) 友田とん

2020年4月13日〜4月19日

4月13日(月)

 夜、いただいた原稿を読み、いやあいいなあと笑って、それから確定申告書を作成した。最後に金額が合わず困っていたが、確認したところ解決した。ピッタリ。ピッタリ、マイナスである。

 確定申告はした方がいいという話をつぶやいた。しばしば儲けが(二十万円以上?)出ていなかったらやらなくていいですか?と訊かれることがあるが、儲けが出てなかったらいいのかというと、そうでもない。本を作って売ると、収入が結構な額になるからだ。一見、それだけを見ると儲かっているのではないかと思われてしまうかもしれない。だが、印刷などの支出も同じように、あるいはそれ以上に掛かり、手元にはほとんど残らない。本のそういう特殊性を万人が理解しているわけではないので、収支をきちんとまとめて、申告するのがよいと思っている。

 トマトとカブとえのきのみそ汁。炒め物は豚肉とピーマンとナスとトマト。最近、オイスターソース炒めにはまっている。

4月14日(火)

 朝、アーバンライフメトロの連載2回目が掲載されていた(→Link)。仕事の後、コピーなどをしてから確定申告書の郵便を出しに行った。郵便局のゆうゆう窓口はコロナの影響で閉まっていたが、近くのコンビニで必要な額面の切手が売っていたので出すことができた。

 何か背負っていたものが一つ片付いて、気分も幾分軽やかになり、駅前に出てトンカツを買って帰った。どうも今日あたりから駅前の恭文堂書店も20時閉店になったようでタッチの差で立ち寄れず。みそ汁はナス、ほうれん草、カボチャと豆腐。

4月15日(水)

 仕事を終えてから駅前に出て今日こそ本屋さんに立ち寄る。本を選んでいるとざーっと雨が降ったので時間をかけて本を選んだ。というのが昨日なのか、おとといなのか今日なのか、後からでは区別がつかない。つい先日買ったと思ったBRUTUSの次の号が出ていて、4月ももう半ばなのかと驚く。今号の特集は「旅」。BRUTUSと『夜と霧』を買った。

 最近、午後のおやつにナッツとか、大豆でできたクッキーみたいなものを食べていたのだが、大豆のクッキーはだいぶ飽きてきたところに、偶然コンビニでナッツをチョコレートで固めたクランチバーを見つけた。これがとてもおいしい。おいしいので、毎日1本は食べている。チョコ以外にも、キャラメル味のものもなかなかいい。店頭からなくならない程度には流行ってほしく、手に入らないほどは流行らないでほしいなどと、自己中心的な考えをする。

 友人に渡すため、家に余っていた古いmacbook airをセットアップする。久しぶりに開いてディスプレイの小ささに驚いた。よくこんな小さなディスプレイで『『百年の孤独』を代わりに読む』を組版したものだ。小さい頃、テレビが買い替えられるたびに画面が大きくなり、一度大きくなってしまうと以前のテレビの画面の小ささばかりが意識されるのに似ている。

 みそ汁の実は春菊となめこと豆腐。toi booksさんに本の通販を頼んだ。食後にKIBI’S BAKESHOPのオカメサブレを食べた。砕いたクルミがたくさん入っておいしい。

4月16日(木)

 突然なぜか代わりに読む人WEBをWordPressに移行することを思い立ち、現状のデザインをそのまま受け継いだテーマを作り始める。すこしやったところで、だいたいテーマの作りがわかった。あとはぼちぼちやっていけば行けそう。

 まさか代わりに読む人のあのページ、いちいちすべてのページのhtmlとcssを手で書いていたとは誰も思っていないかもしれないが、実は書いている(現時点ではこのページも手でhtmlを書いている)。LaTeXで論文を書いたり、blogよりも前からwebをやっていて、こういうのを黙々と書くのは割と好きな方である。一度は一番プリミティブなところからはじめて、徐々にレイヤの上の方に行きたい。良くも悪くも、プリミティブなところがわかっていないと気持ち悪いという性格によるものだ。数学をやっていた人はそういう人が多いと思う。たぶん、世の中の「効率的なやり方」からすれば間違いということになるが、間違えないとわからないことがある。折しも高野秀行『間違う力』(角川新書)を読み返していた。

4月17日(金)

 大阪のtoibooksが1周年とのことでとても嬉しい気持ちになった。昨年はオープンしてすぐのころに、文フリ大阪への申し込みを忘れていたら、声をかけてもらい、出版点数1点なのに、「代わりに読む人」全点フェア(※全1点)というイベントをさせてもらったりもしたのだった。文芸書や人文書、読み継がれてほしい本を集めている本屋さんがちゃんとつづいていくことには大きな意味があると思うし、個人的にめちゃくちゃうれしい。

 おそらく落ち着いて本が読めないのは、先行きが不透明なことの反動だ。やると前に進むというか、形になるものをやりたくなる。随分と前からやろうと思っていて、手をつけていなかったことだが、夜、なぜか黙々とWordPressのテーマを実装していた。まずは例題をやって理解してから本番の実装、という常識的な手順を踏まずに、いきなりやりはじめる。

 トップページや本のページ、そして読みものの一覧表示を作るところまではできた。それで、個別の読みものページ用のテンプレートを作りはじめる。できれば毎回の編集ではhtmlのタグを書くというような面倒なことはしたくない(といううよりもそれをしないためのWPなわけだ)。「うろん紀行」のページのように先頭に写真が入っていて、下にタイトルと文章、みたいなものをどうやって実装するのかを調べて、だいたい出来た。

 気づけば0時近くになっており、一度やりだすと黙々とやってしまう癖は治らない。夜中になってから、生ハムでワインを飲みながら、カブとかぼちゃとしいたけのみそ汁を作って飲む。豆腐が切れていたけれど、夜中に雨が降っていて、さすがに裏のコンビニに出かけるのも億劫だったので。酔いが回りそのまま眠った。

 新・しるもの日記はその日の汁ものと、あとすこしを書くと先週書いたはずなのに、早くも大量に書いている。書き出すと、書けてしまうということではある。

4月18日(土)

 朝起きて、食事をして、風呂に入ってから、桜餅とともにデニス・ジョンション『海の乙女の惜しみなさ』の最後の短編「ドッペルゲンガー・ポルターガイスト」を読んだ。これが想像以上にグッときた。何かに取り憑かれた人の話がとても好きだ。

 昼に体のメンテナンスをしてもらい、帰ってきて本を読む。帰りに本屋さんで『ことばと』はまだなかったので、フーコーの『言葉と物』、永田希『積読こそが完全な読書術である』などを買う。檜垣立哉『ドゥルーズ 解けない問いを生きる』を先月からちびちび読んでいる。また頭から読む直す。

「二〇世紀のはじめには、根拠がないという主張は、失われた基盤へのノスタルジーをかきたてるものであった。……しかし二〇世紀後半になって、事態ははっきりと動いている。そこでは、問いが解けないという焦燥感よりも、解けないからこそ、そこで新たに何ができるのかを模索するという前向きの賭けがなされているようにみえる」(p.25)

 困難な状況で、生き抜くために考え抜くというポジティブな思想がとてもいい。というよりも、自分が欲していたことがここに書いてあった。プルーストについてのこの言及も思わずメモした。

「ドゥルーズは、記憶をも、失われた過去に埋め込むのではなく、未来に向けての創造という方向から論じていくのである。」(p.63)

 夜、かぼちゃとほうれん草のみそ汁。テレビをつけると『野ブタ。をプロデュース』の特別編という再放送をやっていた。15年も前のテレビドラマをゴールデンタイムで再放送するなどと誰が想像しただろうか。いよいよ再放送の時代が来たと思った。

4月19日(日)

 朝から黙々と原稿を書き、夕方までかけて書き直した。1000文字ちょっと書くつもりが、4500文字も書いてしまった。こういう類のはもう書かないかもというような気持ちで書ききるつもりで書いた。そのうち出るので、楽しんでもらえたらうれしいです。

 夜、ダミエを食べ、それから豚肉をローストした。みそ汁は玉ねぎと油揚げと小松菜。小松菜の味噌汁は小松菜の味が汁に出るから好き。味噌汁は具と汁は別物ではなく、具で汁も変化するところが面白い。

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著者紹介:友田とん(ともだ・とん)京都府生まれ。可笑しさで世界をすこしだけ拡げるひとり出版レーベル・代わりに読む人 代表。著書に『『百年の孤独』を代わりに読む』『パリのガイドブックで東京の町を闊歩する 1』(代わりに読む人)。